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東京家庭裁判所 昭和42年(家)9823号 審判 1968年2月17日

申立人 岩田正一(仮名)

主文

申立人の氏を「殿山」に変更することを許可する。

理由

一、申立の要旨

申立人は亡父殿山明知と母岩田キクとの間の非嫡の子として大正一三年一二月一〇日出生し、父殿山は昭和一五年八月二九日届出により認知した。申立人の父母間には申立人のほかに正枝、昭子、定子、好之の四人の弟妹があり、申立人を認知したのと同日亡父により認知されている。

ところが、右四人の弟妹は父の認知により、いずれも父の戸籍に入り殿山の氏を称するに至つたが、申立人のみは母の戸籍に残り岩田の氏を称し今日に至つているが、申立人のみ亡父や他の弟妹と氏の異なることを苦痛に感じて過し、友人知己からも父弟妹と氏の異なることに奇異の念を懐かしめ、その理由を説明することのわずらわしさは勿論のこと、その心理的苦痛は多大なものがある。また、自然、戸籍の照会のあるような職業につくことも避けるようになり、未だに定職のない状態にある。父は昭和一八年九月九日死亡したが、その葬儀の際は勿論その後の法要にも申立人のみ氏の異なるところから出席できず、弟妹の結婚式にも氏の異なる兄の存在にきまずい思いをさせないため自ら遠慮してきた。このように申立人は父の氏を称し得ないところから心理的苦痛のみならず、社会的不利益を受けて、孤独な生活を強いられてきた。

たまたま、戦後復員後病気のため療養中であつたが、近年ようやく健康も回復し、再出発するに際し、申立人の氏を「岩田」より「殿山」に変更することの許可を求めるため、本申立に及ぶ。

二、当裁判所の判断

(1)  本件記載中の戸籍謄本及び申立人本人並に参考人岩田キク各審問の結果によると、申立人の出生日時、その父母、父の認知及びその死亡の各事実、申立人の妹正枝、昭子、定子、弟好之もそれぞれ父に認知され、父の戸籍に庶子女及び庶子男として記載されていること、したがつて同人らは婚姻前あるいは現在まで殿山の氏を称しているのに対し申立人は申立人ひとりが大正一五年一月二八日一家創設した戸籍に記載され岩田の氏を称していること及び申立人はこのような弟妹と氏の異なることから幼少より何かにつけ肩身の狭い思いをし、多大の精神的苦痛を蒙り、しかも父と氏が異なるところから非嫡の子であることがあらわれるのを恐れるあまり、いきおい消極的態度で社会生活を送つてきたこと、最近申立人は永年にわたる療養生活からようやく立直り再出発するにあたり、改氏を強くのぞんでいることが認められる。

(2)  申立人が今日まで岩田の氏を称するに至つた経緯を考えてみると、申立人は岩田キクの非嫡出子として出生したが、当時の民法七三五条によると、家族の子にして嫡出に非ざる子は戸主の同意がないとその家に入ることができず、この母の家に入ることを得ざる非嫡の子は一家を創設する旨の規定があり、前掲証拠によると、申立人は母の兄であつて戸主岩田友治の反対から右規定に基づいて母の出生届により母の戸籍に入ることを得ず大正一五年一月二八日一家創設し、その後大正一五年一月一一日受付の分家届により母岩田キクは岩田友治の戸籍から分籍して戸主となり、その後に申立人の弟妹が出生したため、弟妹は母の戸籍に入り、後父の認知により庶子として同七三三条第一項により父の家に入り、弟好之が昭和一八年九月九日父死亡により父を家督相続をしたこと、然るに申立人は戸主のため父の認知によつても父の家に入ることができなかつたものと認められる。しかも、一家創設したものは同法七六二条一項により廃家により他家に入ることが出来る旨の規定があつたが、この廃家届をなす者は本人に限られ、少くとも意思能力あるをもつて足り、未成年者でも法定代理人の同意を要しないと解されている(大審院大正一三年八月六日判決民録三九五頁)。前記認定の事実によると、申立人の父殿山明知が認知したのは昭和一五年八月二九日であり申立人は当時未成年者であるから、右の解釈により父から廃家届を出すことができず、また自身その手続のあるを知るはずもなかつたものと認められる。また、参考人岩田キクの陳述によると父親はいずれ申立人を自分の戸籍に入れる手続をとるといつている内に昭和一八年九月九日死亡したことが認められる。

以上、申立人が旧法当時父の戸籍に記載されず、したがつて父の氏を称することができなかつたのは、旧法の家族制度的制約によるものであつたということできる。

(3)  ところで、申立人は父の氏への変更を求めているので本件の氏変更は民法七九一条の子の氏変更の手続によるべきか、あるいは、戸籍法一〇七条の氏変更の手続によるべきかということが問題になるが、本件は父が死亡しているので、父母死亡の場合は子の氏を死亡した親の氏に変更し得るかという点が問題になりこの点については通説及び実務の慣例に従いこれを消極に解しなければならないとすると戸籍法一〇七条の適用だけが問題となる。そこで本件申立人の氏変更を必要とする事情が戸籍法一〇七条氏変更のやむを得ない事由に該当するかどうかについて考えると、従来改氏許可の基準として積極的かつ客観的必要性のあることが必要であるとされている。ところが申立人の改氏を必要とする事情は主として主観的事情にかかり、申立人が消極的生活態度を強いられたといつても、申立人自身の責任に帰すべきものが少なくなかつたであろうことは推測に難くはない。しかしながら申立人兄弟中申立人ひとりが岩田の氏を称することを強いられるに至つたのが、いわば申立人自身の意思や身分行為と関係ない旧民法家族制度の仕組みによるものであつたことを考えると、申立人の改氏を必要とする事情が主観的理由にすぎぬことを理由に改氏を拒否するときはかえつて旧民法家族制度の矛盾を固定化する結果になりかねないし、家事審判法一条の要請たる個人の尊厳をはかるべき家事審判制度の趣旨にも反することになる。

(4)  然るときは、改氏許可の基準に積極的かつ客観的必要性を要するとしても本件申立人の改氏を必要とする事情及び申立人が岩田を称するに至つた事情を家事審判法一条の趣旨にしたがつて判断すると、改氏の積極的かつ客観的必要性があるものと解すべきである。さらに、本件記録によれば、亡殿山明知の正妻はすでに死亡し、その間に子供もなく、申立人の改氏について異議を述べる者もいないこと及び社会生活上申立人の改氏によつて取引関係に立つ第三者に損害を及ぼすこともないことが認められるから申立人の改氏につき消極的にこれを不相当とする理由も見当らない。

以上の次第であるから、申立人の本件申立は相当としてこれを認容し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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